SHIROBAKOの魅力

Posted on 2015年3月21日

今、夢中になっているアニメがある。
昨年末から放送しているP.A. Works制作のSHIROBAKOだ。

ストーリー、作画、全てにおいて驚くほどクオリティが高く、毎週とても楽しみに視聴している。視聴を重ねる毎に胸が高鳴り、感嘆のため息がでるので、今回、SHIROBAKOの何が魅力的なのか、その高鳴りに依って文章にまとめることにした。

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「お仕事ものアニメ」

本作の舞台はとあるアニメ制作会社。新人制作となった主人公がクセの強いスタッフと共に紆余曲折しながらTVシリーズアニメを完成へと導く、というおはなし。いわゆる「お仕事もの」に分類される物語である。視聴者を物語の世界へ没入させるためには、扱う仕事がどういったものなのかを分かりやすく伝えなければならない。そういう意味で、SHIROBAKOはとても優れている。

現在、30分のアニメを作るために約3,000〜4,000枚もの絵が必要になると言われている。それだけでも膨大な量に感じるが、さらに色を塗り、動画として編集し、音やエフェクトをつけなければならない。ぼくらがTVで目にするアニメィションになるまでにいったいどれほどの工程があるのか、考えただけでも戦々恐々としてしまう。

本作の主人公は制作という各工程の進捗状況を把握しスケジュールを管理・調整する部署で働くことになる。そのため、視聴者は主人公の目を通して各工程にどんな作業があり、どんな苦労があるのかを俯瞰することができ、アニメ制作の全体像を大まかに理解することができる(公式サイトには用語集やスケジュール表が紹介されている)。また、主人公が新人ということもあり、アニメ制作に対する距離感が視聴者と近い。担当した作品がTVで放送されるのを初めて観るシーンでは「動いている!」と感動しているくらいである。こういった台詞も、各工程が一つにまとまる達成感を視聴者に共有させるのに一役買っているだろう。

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(主人公(手前)は新人制作。視聴者と近い視点から膨大な作業量と格闘していきます。)

主人公を新人に設定するあたりは「お仕事もの」の王道であるが、SHIROBAKOではその描写が細かく、視聴者を置いてけぼりにしないように配慮されている。また、本作には実在するアニメ作品、制作会社、時には制作会社の社長や監督、スタッフをモデルにしたキャラクターが多数登場する。主人公が働く「武蔵野アニメーション」は、その名の通り武蔵野にあるという設定になっているが、東京杉並、武蔵野界隈には実際にたくさんのアニメ制作会社が軒を連ねている()。そういった現実に存在する会社や人々が物語の重要な場面でキーマンとして登場するのだ。そのため、描写にリアルさが増すとともに、「あのひとだ!」という元ネタ探しの楽しみも生まれる。アニメ好きにはたまらない仕掛けであり、作品への連帯感を呼び起こしている。

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(有名なあの人やあの作品を想起させるキャラクターが数多く登場するのも魅力)

 

「アニメからクリエイティビティへ」

このように、「お仕事もの」アニメとして、そのディティールが優れていることを挙げてきたが、勿論それだけがSHIROBAKOの見所ではない。先述の通り、アニメ制作には多くの工程がある。当然、そこには沢山の人々が関わっており、それぞれ色々な思いを抱いて働いている。SHIROBAKOの魅力の一つとして、そういった人々のアニメ制作に対する思いが丁寧に描写されている点がある。たとえば、3Dアニメィションが台頭する中で、手描きは必要ないのか?というアニメーターの葛藤がまるまる2話を使って描かれている。他にも、流行の萌えとは無縁な老アニメーターがこれまで培ってきた技術を後進に伝え、活かされる話や、職人肌の美術さんが背景美術にかける想いを語る話などが綴られる(これらキーマンにもモデルが存在しているので、知っている人にとってはより一層物語に説得力が増すだろう)。

そういったエピソードが各話を通して幾重にも積み重ねられている。そしてこれら積み重ねは、アニメ制作に限らず、仕事、とくに何かを生み出すクリエイティビティに情熱を割くことの魅力と難しさを視聴者に訴えかけている。予算やスケジュールが制限されている中、クオリティを下げずに、より良いものを生み出すにはどうすればいいのか、自分の仕事は本当に活かされるものなのか。妥協することもできるし、妥協すれば楽になるけれど、それでは作品に、そして自分に対する裏切りになってしまう。

SHIOROBAKOはアニメイションという物差しでそれを描いているが、その描写はその他すべてのクリエイティビティにも当てはまるもののように思える。

 

「クリエイティビティの辛み」

その昔、とあるジブリ映画のお父さんが「人と違う生き方はそれなりにしんどいぞ」と娘に忠告するシーンがあった。

何かを生み出す仕事には多くの困難が伴い。時にその重みと残酷さに押しつぶされてしまうこともあるだろう。本作でも理想を胸に仕事に奮闘するも、理想と現実のギャップに打ち拉がれ、いつしか仕事が嫌いになり惰性で過ごすようになってしまたキャラクターが登場する。また、声優を志す主人公の友人は、練習を重ねるもオーディションに落ち続け、バイトで生活する日々に消耗していく。テレビをつけるとオーディションで一緒になった自分よりも若い新人声優がもてはやされている光景が映る。それを観てまた消耗する描写がある。時には目の下にクマを作り疲れた顔でデスクに向き合うモブキャラまでもが描かれているシーンも…。

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(声優を志す主人公の友人。夢に励んでいた頃を思うと、なんとも辛い描写)

いつか私も夢を叶える!夢は叶う!と全てをポジティブに描くことも出来る一方で、このように現実を突きつけられたキャラクターも登場し、安直に夢を見続けることに釘を刺している。そして、それは努力だけではどうにもならない残酷な現実が存在することを突きつけているように思える。

 

「それでも、クリエイティビティに対する絶大な肯定感」

努力ではどうにもならない現実がある。しかし、だからといってクリエイティビティに負の側面しかないかと言えば、当然そんなことはない。SHIROBAKOの魅力は、葛藤や困難があるなかで、それでもクリエイティビティを肯定している点にもある。

スケジュールがキツくても、やり直すことになったとしても、より良いアイディアが生まれてしまった時の、抑えがたい胸の高鳴り。その高鳴りが周りのヒトに伝わる喜び。そして、それが作品に反映された時の快感。それこそが何かを産み出すことの原動力であり、時に目的にもなりえる。SHIROBAKOでは繰り返しそういった場面が描かれている。監督がほぼ完成したシーンを一から作り直すシーン、みんなでストーリーを考えなおしている途中で、制作しているアニメのキャラクターが目の前に現れたかのように錯覚したシーン、待ちに待った背景美術を観て思わず涙するシーン。

何かを産み出す時のグルーブ感がアニメならではの表現で情緒的に描かれており、そのどれもがクリエイティビティの喜びと困難を真正面から肯定している。その絶大な肯定感こそがSHIOROBAKOの最大の魅力なのだ。

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(より良い作品を作りたいという意思が重なっときのグルーブ感はアニメに限らず全ての創作において何とも言えない幸福感をもたらしてくれるのではないだろうか。最終回が近くなってから最初の方を見返すとより一層の感動が味わえる)

 

「好きなことを好きで居続ける能力」

努力だけではどうしようもないと言ってしまうと、努力を否定しているように思われるかもしれない。しかし、ここでもう一度考えたい。そもそもクリエイティビティに取り憑かれている人々は努力を努力として捉えているのか、と。夢や目標をなかなか見いだせない主人公に制作会社の社長はこんなことを言っている。

「ただ我武者羅にひたすら前に進んでた。やりたいことをやり続けていた。そして、気が付くとこの歳になってた。それだけさ。」

また、先述の背景美術さんも主人公にこう応えている。

「目の前の面白そうな事、必死にやってただけだよ。自分の進む先が最初から見えてた訳じゃないんだ。気が付くと今ここにいる。それだけ。」

これらの台詞は彼らが自覚的に努力したわけではなく、ただ好きなことを一生懸命に続けてきたこと、続けられる情熱、適性があったからこそ、結果に繋がったということを示唆している。「努力すれば必ず報われる」、と簡単に言うことのおこがましさをものがたっているように感じられるし、好きなことを好きで居続けることもひとつの能力だと行っているように思える。

また、別の老アニメーターは、大きな仕事が舞い込み怖じ気づきそうになる若手アニメーターに諭すシーンがあった。

「僕は才能というのは、まずチャンスを掴む握力と失敗から学べる冷静さだと思う。絵の上手い下手はその次だ。僕は僕よりも上手い人間が、わずかな自意識とつまらない遠慮のせいでチャンスをとりこぼしてきたのを何度もみた。惜しいと思うよ、いまだにね」

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(好きなことを好きで居続ける能力を素直に認めることが重要なのかもしれない)

 

「お仕事もの」というジャンルに限らず、「続けられる、夢中になれる資質」と「周囲の環境、チャンスをうまくつかむ能力」の二軸を、アニメィションならではのデフォルメと絶妙なリアルさで、ここまで丁寧に描いた作品をぼくはこれまで観たことがない。物語を動かすディティールの細かさ、仕事に取り組む人々の葛藤と困難、それでも魅力的な産み出す喜び。SHIROBAKOはこれら要素を数十人のキャラクターを動かし、その悲喜交々を群像的に描き出すことに成功している希有な作品であり、抜群の魅力を放っている。アニメイションが好きな人はもちろんなこと、仕事をするひと、何かを創作する人にとって明日への活力を与えてくれるのではないだろうか。

そんなSHIOROBAKOもいよいよ今週が最終回。終わった後しばらく放心してしまうのではにかと恐れつつ、それでもやはり楽しみに放送を待ちたいと思う。

 

(SHIROBAKOは勿論フィクションであり、実際の制作現場には雇用問題、労災、賃金問題など逼迫した課題が山積していることが指摘されています(*)。外野がとやかく言うのはおこがましいですが、こうした問題が少しでも解決され、これからも国内のアニメーターが楽しく、素晴らしい作品を創作できる環境が整うことを切に願います。)