視野を拡げる想像力

Posted on 2014年11月9日

 

六本木にある写真ギャラリー IMA CONCEPT STORE。様々な写真集が並ぶこの空間で、先日、連続講義「写真とサイエンス−視野を拡張するビジュアル表現−」の最終回が行われた。

ゲストは「マインドゲーム」、「ピンポン」などで知られる湯浅政明さん、宇多田ヒカルのPVアニメパートやSHORT PEASEのオープニングアニメ、さらに近年では演劇も手がけた森本晃司さん、そして、代替現実(SR)システムを開発した脳科学者の藤井直敬さん。アニメイション監督と脳科学者という異色のクロストークは、私たちが認識する「世界の現実感」を揺さぶるものとなった。

講義は森本さんと湯浅さんのこれまでの映像作品の紹介から始まった。色とりどりのアニメイションがスクリーンに映し出された。独特の映像はすぐさまスクリーンへと人の意識を集中させる。時間の都合上、ほんの短い紹介だったが、冒頭から濃密な時間が流れた。

 

(ノイタミナで放送された松本大洋原作「ピンポン」)

(宇多田ヒカル「Passion」に登場するアニメイションパートは本当に美しい)

 

その後、同じスクリーンに、現実と虚構の狭間という観点からSRシステムについて説明したスライドが映された。これまでのバーチャルリアリティシステムとの違いや、SRだからこそ可能になった体験などについて、藤井先生から熱のこもった概説がされた。

ヘッドマウントディスプレイを使って人の感覚をハックする。その限界をスペックのせいにしてもしょうがない。大事なのはそのシステムを使う人間を見つめること

スペックに逃げるのではなく、それを使う人間の認識のことを考えなければ合理的なシステムは作れない。脳機能を研究する藤井先生だからこそ、その言葉は重い。事実、SRシステムは現実に追いつくために映像などのスペックを上げるのではなく、虚構と現実を同一のビデオ映像として扱い、クオリティをビデオベースに落とし込むことで、体験者の感覚を騙すことに成功しているという。虚構のクオリティを現実に合わせるのではなく、現実のクオリティを虚構に合わせるいう発想だ。これにより、現実と虚構は地続きになり、境界は曖昧になる。

 

(代替現実(Substitutional Reality:SE)システム)

リアリティを追求したからといって、そこに大きな意味があるとは限らないことをSRシステムは明確に示している。とくに、藤井先生が開発した段ボールとiphoneで構成されたスマホVR・ハコスコは、ハイクオリティの追求とは真逆の道への可能性を示している。

 

ハコスコ2ハコスコ1

(X Realityの付録となっているハコスコXを体験するSYNAPSE Lab.Kと某ショップ店員)

 

興味深いことに、トークが進むにつれ、全く同じことをアニメイションも示していることが徐々に明らかになっていった。

CG技術が発展し、本物に迫るクオリティの映像が作られるようになった昨今、アニメイションにも積極的に3DCGが取り込まれるようになった現状がある。その一方で、森本さんや湯浅さんのアニメイションには物理演算エンジンが苦手とするデフォルメや、物理法則に縛られずに縦横無尽に動き回るキャラクタァ達が頻繁に描かれている。

宙を舞い、輪郭を絶えず変化させながら踊る女や、ビルを飛び越える主人公。
ギラギラと光彩を放つ大きな瞳。急勾配を勢いよく駆け上がる家族の姿。

現実世界ではあり得ない光景が広がっているにもかかわらず、私たち視聴者はそこに妙なリアリティを感じ、感情移入する。

昔のテレビゲームって、森とか自然とか全部ドットで描いてあって、本物と全然違う。けれど、ぼくらにとって、あれは本当にワクワクする森だったんだ。下手なCGよりよっぽどリアル

シンプルな線でデフォルメされているのに、ちびまる子ちゃんに懐かしさを感じてしまう不思議。

緻密に描けば視聴者の感情を換気できる訳ではないという森本さんと湯浅さんの言葉は、先の藤井先生の言葉と驚くほど重なる。もちろん、映像への没入感という意味ではSRとアニメイションには大きな違いがある。しかし、パノラマ映像へ没入するキッカケと、アニメイションに感情移入するキッカケには「リアルにすればいい訳ではない」という重要な共通項が存在しているように思えた。

その後、視覚と聴覚に依存するアニメイションとSRはその他の感覚に訴えかけることが可能なのか、仮想現実は私たちの社会にどんな影響をもたらすか、その先にどんな未来が待っているか、など壮大な話が膨らんでいった。

しかし、やはり根底には「私たちは何を現実として認識しているのか」というテーマが常に潜んでいた。連続講義ではこれまで「宇宙」、「細胞」、「次元」、そして「虚構と現実」をテーマに講義が重ねられてきた。毎回、それぞれのテーマに基づく議論が深められたが、そのどれにも、見えないモノを見ようとする人間の根源的欲求と、その先に何を認識しようとしているのかという認識論があった。今回の講義は人の視野に直接訴えかけるビジュアル表現がテーマの中心に据えられており、これまでの講義を束ねる回となっただろう。

私たちは何を見ているのか、そして、見ようとしているのか。
夜空に輝く星は、手のひらの細かな皮膚は、あるいはあなたがいるその部屋の空間は、本当に目に見えている通りの姿なのだろうか?今感じているモノの見方を少し変えてみると、また別の世界が浮かび上がってくるかもしれない。

アニメイションはアニメーターの研ぎすまされた感性で、SRシステムは研究者の編み上げた理論でこのテーマに向き合っているように思えて仕方が無い。異なる階層で様々なモノを見つめ続けるヒトはいったい何を見たいのか、その疑問に少しでも近づくためのヒントがたくさん散りばめられた講義だったのではないかと思う。日常を捉える視野を拡張することで講義の内容がさらに拡張することを期待しつつ、レポートを閉じる。

 

(大好きなアニメイションの作り手に会えて本当にぼくは舞い上がりました。森本さん、湯浅さん、藤井先生、ありがとうございました!)