イヌの人表情弁別能力

Posted on 2011年9月17日

先日、ナガサワさんの研究がAnimal Cognitionにアクセプトされた。

「イヌもヒトの笑顔が分かる」ということで、 各メディアでも報道された。ラボメンバーとして、苦労して成し遂げた研究が注目される事はとても嬉しい。しかし、ネットを見ていると、研 究の意義が誤解されて伝わっているように見受けられる事が何度かあった。そこで、ぼくなりに今回の研究内容を整理したいと思う。

まず、今回の研究の内容は

“イヌ(スタンダードプードル、ラブラドール、計5匹)に対し飼い主の笑顔と無表情の写真の弁別訓練を行い、その後、本実験において、飼い主のさまざまな笑顔と無表情の写真や、複数の見知らぬ男女の笑顔と無表情の写真をイヌに対して並置呈示。
その結果、どのイヌも飼い主および飼い主と同性の見知らぬ人の写真呈示において、有意に高い確率で笑顔を選択することがわかった。”

というものになっている。

これを見て、
「それって単にトレーニングができたってことでしかなんじゃないの?」
と思われた方が何人かいたようだけれど、そのとおり。この研究はトレーニングが成立したことを報告している。けれど、この「トレーニングの成立」が証明された点に今回の研究の価値がある。

一 般的に、高い社会認知能力を有している霊長類であっても、ヒトの表情認知は部分的に困難であることが示唆されている。表情を認知するというのは、ぼくた ちが想像している以上に高度な社会認知能力を要求されるようだ。そのため、イヌが笑顔とそれ以外の表情の弁別課題をクリアし、さらにそれが飼い主以外の 写真に変わっても成立した、という事は霊長類ですら難しいとされる“表情の違いの認知”をイヌが成し得ている事を意味している(その一方でチンプなどが 弁別できないとも断言できないだろう。弁別できているけれど、実験に協力的ではないという可能性も十分考えられるから)。

また、「イヌは表情から人の気持ちがわかるんだ!」と思われた方もいるようだけれど、今回の研究ではイヌがヒトの表情から快・不快の感情までを認知できているかは明らかにされていない。
表情の認知と感情の認知は必ずしもイコールではない(これを証明するには別の実験が必要だけれども)。
しかし、ヒトがどんなときに笑顔になるのか、というように表情と社会的文脈を関連づけて学習している可能性は否定できないので、もしかしたらイヌも顔色をうかがう用な事があるのかもしれない。

最後に、「そんな当たり前の事をドヤ顔で言われても」という手厳しい意見も見られた。たしかに、イヌを飼っているヒトならば、イヌが自分の表情を気にし ている事を経験的に知っているだろう。ぼくも知っている。だけれど、当たり前と思われている事を科学的に証明することはとても難しい。また、経験的な知見というものはあ くまでも個人の主観にゆだねられてしまい、理論構築する材料にはならない。客観的な知見が求められるのだ

なぜイヌはヒト社会にこれほど親和的なのか。
笑顔の起源はどこなのか。

そういった進化的あるいは文化的な観点から理解を深めるためにも、今回の研究のような「当たり前と思われている事を科学的に説明する」という手続きは極めて重要になるだろう。

実験に参加したチャーリーがぼくのアパートに遊びに来た。
どうしてぼく(ヒト)とチャーリー(イヌ)はここまで仲良くなれるのか。それはお互いがお互いの表情を見て、調和的に行動しているからなのか。あるいは違うのか。

今回の研究がイヌがヒト社会の中に浸透するようになった要因を明らかにする上で欠かす事ができないパズルのピースになることを期待したい。

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