変態王子とスキマスキなぼくら

Posted on 2013年9月23日

Qさんの展示を拝見しに新宿MUJIcafeに行きました(最初、間違ってcommce cafeに行ってしまいました)。間近で作品を見るのは3度目だけれど、とても面白かったです。ぼくらの知覚を試されているような気がする一方で、そもそも何を試されているのか分からなくなる点が刺激的でした。

Qさんの作品には色鮮やかな絵の具で、輪郭線のない、いくつもの色が解け合う幻想的なモアモアが描かれていることが多くあります。離れて見ると、それが花だったり一定のパターンだったりすることが分かるのだけれど、近くで見ると色が氾濫してカタチやパターンが分かりません。鑑賞者と作品の距離感で作品の見え方が著しく変わります。さらに、絵の具を蛍光塗料に、照明をブラックライトに変えることで画面の表情が一変するような作品もありました。「見え方はいくつもある」、それがぼくが今まで拝見した作品の根底にあるように感じていました。

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(とあるイベントにて行われたライブペイント。スクリーンに投影されているPC上の画にQさんが蛍光塗料を用いペイント)

今回の作品はどんな仕掛けがあるのか。楽しみに拝見すると、色のモアモアが一定の間隔で白抜きされ、分節化されている作品がありました。白抜きされているので、当然のことながら今までと異なり、近くから見ても遠くから見ても、色のモアモアのパターンの全容を掴むことができません(こちらからご覧頂けます)。けれど、極めて面白いことに、ぼくはその全容・色のモアモアのパターンや輪郭を、あたかも見えているかのように感じることが出来たように思えたのです。本来そこには色がないにも関わらず。

とても不思議であると同時に、これはある種の錯視、主観的輪郭のようなものではないかという妄想が沸き立ちました(専門じゃないので、ただの妄想です。間違っているかもしれません。タケムラさんにぶん殴られたらどうしよう)

主観的輪郭とは輪郭線に沿った輝度や色の変化が存在しないにも拘らず、輪郭線が近くされる錯視のこと、だそうで、代表的なものにカニッツァの三角形があります(Kaniza 1955)。本来、そこに輪郭線はないのに、ぼくらは三角形を感じます。これが、ぼくらの知覚上にしか存在しない三角形の輪郭(主観的輪郭)です。今回の作品も、一定の間隔で白抜きされているにも拘らず、色のモヤモヤを知覚できたのはこの主観的輪郭現象が作品上で起きたからなのではないでしょうか。

kanizsa-triangle

(カニッツァの三角形)

そして、もしこの妄想が正しいのならば、ぼくの知覚に上ってきた色のモアモアの“モアモア”はどこからやって来たのか、とふと疑問に感じ、余計に面白くなりました。

先ほどのカニッツァの三角形は“三角形”という極めて単純な図形を近くする訳だけれど、Qさんの作品の場合、元々がモアモアしているのだから、実際白抜されているところのモアモアや輪郭がどうなっているかなんて、だれにも分からない訳です。にもか拘らず、ぼくは勝手にそれらを知覚していたのです(知覚という言葉は適切ではないかもしれません。どちらかというと解釈、想像?)。もちろん、「すぐ隣の色が“赤”だからここの白抜きには“赤”があるのだろうな」、とか、「ここがこういった輪郭だから、この白抜きの部分はこういった感じの輪郭だろうな」といった具合に周辺のパターンからなんとなく、白抜きの裏側を想像することが出来ます。

けれど、だからこそ、どこのどんな情報を元に、どういった具合に、ぼくらは見えないものの姿を勝手に解釈しているのだろうか?という疑問が湧いてきたのです。「分節化すると、輪郭を主観的に知覚するでしょ?でも、モアモアだよ?どうやって知覚してるの?」と二重の問答を受けているかのようです。

ちょうど10年ほど前、「スキマスキ」という漫画がありました。「うさぎドロップ」で知られる宇仁田ゆみさんの漫画です。主人公はモノの隙間が大好きで、向かいの部屋のカーテンの隙間から下着の女性(後のヒロイン)がたまたま見えたことをキッカケに、その真の姿を想像して楽しむという奥ゆかしい嗜好を持っています。こういった趣味をぼくが持ち合わせていないことは言うまでもないけれど、隙間から見えていない部分に思いを馳せることの面白さは理解できますし、実際、世間の大半は隙間から見えているものにすぎないと思えます。その隙間から見えているものを頼りに、勝手に解釈してぼくらは日常を生活していると考えると、なんだか安心するような、少し肩の力が降りるような気がしなくもありません。

今回の展示案内を読み返すと、そこには「新しい制作手法を使った」とありました。その手法は作風と相まって、主観的輪郭への妄想や、隙間から物事を想像することの面白さ、社会との関係性の妙をより一層再認させてくれるものでした。もちろん、ぼくらは作者の意図の隙間しか見れない訳ですから、こういったことを意図して作品を作られたかどうかは分かりません。けれど、隙間から見えるその先を想像する面白さは何事にも代え難いものがあります。なぜなら、隙間のその先の「見え方はいくつもある」のだから。

 

IDEE Life in Art #13/ HOUXO QUE “strip”
日程:2013年8月23日(金)~9月25日(水)
場所:無印良品MUJI 新宿 / Café & Meal MUJI 新宿
営業時間:11:00~21:00(ラストオーダー 20:00)
 http://www.idee.co.jp/about/news/20130820/idee-life-in-art-houxo-que201110idee-life-in-art-1.html

(ちなみに、カフェで展示されています。カップルや若い女性がお茶を飲むその隙間から作品を覗くという、スキマスキにはたまらない展示構成となっております。ぼくにはハードルが高い。)