トゥーンシェードの未来

Posted on 2013年7月17日

先日、神山健治監督の「009 RE:CYBORG」を観た。
主にその表現手法についてびっくりしたことがあった。

3DCGアニメイションにセル画の質感をテクスチャとして貼付ける技術(トゥーンシェーディング)は結構以前からあり、所々でその姿を見ることが出来た。けれど、慣れないうちは、動きの様子や影の質感などにどうしても違和感を感じた。というか、ただでさえ、3DCGは不気味の谷問題で違和感を払拭するのに苦心しているのに、そこにセル画(2D)を加えたら、もっとすごい違和感が生まれるのは、予想に難しくない。たとえば、Apple Seed (2004)はトゥーンシェーディングに加えて、アニメイションにモーションキャプチャまで使っていたので、アニメチックなキャラクタアがぬるぬる動いて、ものすごく違和感が強かった(その違和感も含めてスキなんだけれども。慣れてくるしね)。


(「APPLE SEED」2004年, 荒巻伸志)

その一方で昨日観た「009 RE: CYBORG」。こちらも全編3DCG+トゥーンシェーディングを使っていながら、キャラクタア、とくにその動きがものすごく手描きアニメイションのようでびっくりた。


(「009 RE: CYBORG」2012年, 神山健治)

この動きの手描きアニメイションっぽさはどこからくるのか。
フルアニメイションは1秒24コマの画で構成され、例えば、モーションキャプチャを使うような3DCGアニメイションは基本的にフルアニメイションになっている。故に、その動きはモデリングされた絵とあわせて完璧(作画崩れがない)になる。

その一方で、009の場合はあえて1秒を8〜12コマで撮影するリミテッドアニメイションの手法を用いることで、動きの滑らかさを抑えているらしい。

本来は作画の手間を抑えることが目的で生み出されたリミテッドアニメイション。手塚治虫以降、日本のアニメイションが培ってきた制作手法が、新しい技術である3DCGに取り入れられたことで、3DGCが抱える違和感を軽減させ、ぼくらが親しむアニメイションの”動き”に近づける試みがなされた訳だ。完璧さが不気味さを生み出すのならば、その完璧さを間引いてやれば良い。まさに逆転の発想と言える。そういう試みは他にもあるのだろうか。知らなかったのでいたく感動してしまった。

その一方で、アニメイションを構成するもう一つの大事な要素、すなわち画については、まだ若干の違和感を覚えた。これは全く根拠はないが、なんとなく、その原因は“影”にあるのではないかと思った。

(009 RE:CYBORT, メイキング)

通常、手描きアニメでは、影も人の手によって描かれる。そのため、必ずしも光源に対して完璧な位置に影はない。しかし、3DCGの場合、3D空間上で光源の位置を設定、キャラクタアとカメラの相対的位置により影の位置をシミュレーションして自動的にキャラクタアに付随させている(もしお詳しい方がいましたら教えて下さい) 。つまり、影はアニメイタアによる作画ではなく、コンピュータシミュレーションにより描かれるのだ。動きやディティールの正確さが不気味さをもたらすのならば、せっかくリミテッドアニメイションや数々のエフェクトにより3DCGの完璧さを崩しても、影の位置が常時めまぐるしく変化する(物理的には極めて正確な動き)ことで再び、そこに不気味さが現れてしまうのではないだろうか。

3DCGアニメイションが台頭してから10年あまり、数々のソフトウェア開発により、アニメイションのクオリティは格段にあがっている。陰影も含め、シミュレーションと作画のハイブリットが可能になる技術が今後登場するのではないだろうか(それこそ、ディズニーのこの技術のように)。その技術が完成したとき、ディズニーとは異なる3DCGアニメイションの方向性が出てくるのではないか、009 RE:CYBORGはそんな期待を抱かせてくれるステキな作品だった。

009 RE:CYBORG
5月22日よりDVD/Blu-ray 発売中
http://009.ph9.jp